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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)1490号 判決 1962年5月31日

被控訴人 住友銀行新橋支店

事実

控訴人(一審原告、敗訴)下鳥肇は請求原因として、控訴人は訴外岡田義人に対し債務弁済契約公正証書に基づく元金五百十四万九千五十円、弁済期昭和三十三年八月一日、期限後の遅延損害金日歩八銭二厘と定めた債権を有し、右債権についての強制執行として右公正証書の執行力ある正本に基づき昭和三十三年九月十六日東京地方裁判所に対し右岡田が被控訴人住友銀行に対して有する同被控訴銀行新橋支店同年九月十六日第一、四三〇A号普通預金契約に基くづ五百万円の預金債権の差押及び転付命令を申請し翌十七日右命令を得、同命令は同日被控訴銀行に送達された。従つて、前記預金債権は控訴人に転付されたにも拘らず被控訴銀行はその支払をしないので、控訴人は被控訴銀行に対し右預金債権額五百万円及びこれに対する完済までの遅延損害金の支払を求めると述べ、更に、本件預金は岡田義人の預金であり、預金債権者は右岡田であつて補助参加人(被控訴人)外山一平ではない、すなわち、右預金は岡田義人が或る事業を営むため自己名義の預金残高証明書を入手する目的で補助参加人から金五百万円を期間約三日間、利息十八万円と定めて借受けることとし、その交付方法として補助参加人において右同額を岡田義人名義で銀行に預け入れることを約したのであるから、補助参加人が被控訴銀行新橋支店に金五百万円を預金したのは、右岡田の代理人としてなしたものであり、岡田は名実共に右預金の債権者である。仮りに被控訴銀行及び補助参加人が主張するように、右預金が補助参加人において岡田義人名義を用い被控訴銀行新橋支店に対し預け入れたものであるとしても、勿論被控訴銀行は補助参加人が偽名を用いていることを知悉していたのであるから、これは預金者を岡田義人とし預金契約が右岡田と被控訴銀行との間に締結されたように仮装の表示をしたこととなり、岡田義人の実在する限り、かかる表示の無効を自ら主張することは民法第九十四条第二項の精神からいつても善意の第三者である控訴人に対抗することができない、と主張した。

被控訴人住友銀行は抗弁として、被控訴人(以下補助参加人という)外山一平は被控訴銀行に本件預金をなすに当り、自己を表示する手段として訴外岡田義人の氏名を用いたにすぎず、被控訴銀行もこれを右補助参加人の預金として受け入れ本件預金契約をしたものであつて、岡田義人なる氏名の者が実在の人であるかどうかは、被控訴銀行としては関知するところではなかつた。

被控訴銀行が岡田義人なる氏名の者が実在することを知りながら補助参加人と本件預金契約をなしたものとすれば虚偽仮装の意思表示をなしたものといい得るかも知れないが、本件においては被控訴銀行は上記のように、岡田義人なる氏名の者が実在するかどうかを全く知らなかつたのであるから、被控訴銀行が補助参加人と通謀して虚偽の意思表示により岡田義人を受益者とする第三者のための預金契約を結んだものといい得べき余地は全くない。

仮りに、本件預金契約が通謀虚偽表示であるとしても、控訴人は善意の第三者にあたらないから、右法条による保護を受け得ない。すなわち、控訴人は岡田義人に対する多額の貸金債権の回収に焦慮していたが、昭和三十三年七月二十四日控訴人と岡田とは同日までの元利合計金五百十四万九千五十円を元本とする準消費貸借契約公正証書を作成し、その後一ヵ月も経ない同年八月下旬頃控訴人は岡田に対して「鹿島組に食料品等を入れる取引の世話をしてやるが、その取引をする資格の裏付として五百万円程度の預金残高証明書が必要であるから、岡田名義の残高証明書をとるようにせよ」との趣旨を申し入れた。岡田はこれに応じて訴外西脇を通じて補助参加人にこのことを依頼した結果、同補助参加人は同年九月十六日被控訴銀行新橋支店に岡田義人という名義を用いて本件五百万円の普通預金をした。岡田は即日控訴人に対し「ある人が岡田名義で新橋の一流銀行に金を積んで残高証明書をとつてくれることになつたので、仕事の方の手続を宜しく頼む旨電話したところ、控訴人は直ちに裁判所に転付命令を申請し、翌十七日午前九時三十分頃には早くも裁判所に出頭して転付命令正本を受領し、即刻執行吏とともに被控訴銀行新橋支店に急行し、本件預金に対し差押及び転付命令の執行手続をなした。これらの事実によると、控訴人は岡田に五百万円の預金をなす資力も信用もないことを知悉しながら、仕事を世話するとの口実を構えて同人名義の預金残高証明を入手するように仕向けたこと、右慫慂により預け入れられる預金は第三者が、岡田名義の残高証明書を入手するだけの目的で便宜岡田名義を用いて預け入れるだけのものであつて、真実は岡田の預金ではないことを十分諒知しながら、控訴人は本件の預金がなされたことを知るや、間髪を容れず差押転付命令を申請してその執行手続をしたことが明らかであるから、控訴人が善意の第三者でないことは疑の余地がないと主張して争い、

被控訴人(補助参加人)外山一平は被控訴銀行の右主張をすべて援用すると、述べた。

理由

証拠を綜合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、控訴人は昭和三十年頃から昭和三十三年六月頃までの間何回にも亘つて訴外岡田義人に対し金員を貸与したが、その返済状態は悪く、昭和三十三年七年二十一日現在で、貸金元本の残額は計金二百五十万円余となり、これに利息を加算するときは合計金五百十四万九千五十円となつた。そこで控訴人は同日岡田との間に右元利合計金五百十四万九千五十円の債務を目的として準消費貸借契約を締結し、弁済期を同年八月一日、期限後の損害金を日歩八銭二厘とする旨を約し、同月十四日公証人に委嘱してその旨公正証書を作成させた。

次に、控訴人が岡田に対して有する右債権についての強制執行として、同年九月十六日右公正証書の執行証書の執行力ある正本に基づいて、岡田を債務者、被控訴銀行を第三債務者として、岡田が被控訴銀行新橋支店に対し同日第一、四三〇A号普通預金契約に基づく金五百万円の債権を有するものとして、東京地方裁判所に債権差押及び転付命令を申請し、翌十七日同命令を得、同命令は同日被控訴銀行に送達されたこと、当時被控訴銀行新橋支店に岡田義人名義で上記のような金五百万円の預金がなされていたことは何れも当事者間に争がない。

控訴人は右預金は名実ともに岡田のものであると主張するのに対し、被控訴人等は、真実の預金債権者は被控訴人(補助参加人)外山一平であつて、同被控訴人は単に右預金をなすに当り岡田義人の名義を使用したにすぎない旨主張するので判断するのに、証拠を綜合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、岡田はかねて同人に対して有する前記債権の回収に苦慮していた控訴人の勧めで、訴外鹿島建設株式会社が山梨県下で行なつていたダム建設工事の現場に衣料品や食糧品等を納入する事業を始めることとし、その開業の資格に必要な自己名義の五百万円程度の銀行預金残高証明書を入手することを訴外西脇茂を通じて被控訴人外山に依頼したので、同被控訴人は岡田と何の面識もなかつたけれども預入期間を一週間として、九万円の手数料利息を受け取る約でこれを承諾して同年九月十六日被控訴人外山自ら被控訴銀行新橋支店に出向き、金五百万円を同支店に預け入れ、被控訴銀行との間に一、四三〇A号をもつて普通預金契約を締結した。その際、被控訴人外山は被控訴銀行新橋支店とは古くから取引関係があり、かねて親しかつた同支店勤務の銀行員訴外古賀浩に対し、岡田義人名義で一時預け入れるものである趣旨を告げて預金手続を同人に依頼した。古賀もその趣旨を諒承して、岡田義人名義の普通預金通帳を被控訴人外山に交付し、以来同被控訴人において引き続きこれを所持しているものである。

以上のとおり認められるところ、これら認定の諸事実によると、金五百万円の右預金契約は、被控訴人外山が預け入れ、被控訴人外山自身が寄託契約の当事者となり被控訴銀行との間に締結したものであつて、被控訴人外山は岡田のために、前記開業資格に必要とされた銀行預金残高の証明力を事実上利用させる意図のもとに、ただ名義だけを岡田義人と定めた普通預金口座を新設したにすぎず、実体上は右預金債権の帰属者は被控訴人外山であつて、岡田ではないと認めるのを相当とする。控訴人は「岡田は被控訴人外山から金五百万円を借り受けることとし、その交付の方法として被控訴人外山が岡田名義で銀行に預け入れることを約したものであるから、本件預金は被控訴人外山が岡田の代理人としてなしたものである。」と主張するけれども、前記認定を動かし控訴人の右主張事実を認めることのできる証拠はない。

控訴人はまた「本件預金は被控訴人外山において被控訴銀行に預け入れたものであるとしても、被控訴銀行は被控訴人外山が岡田義人なる偽名を用いていることを知つていたのであるから、岡田義人の実在する限り、民法第九十四条第二項の精神からみて、善意の第三者である控訴人に対し、表示の無効を主張して、本件預金が岡田のものでなく被控訴人外山に属することを主張することは許されない。」旨主張し、被控訴人等はこれを争い、且つ控訴人は悪意の第三者であると主張するので判断する。前段認定の事実に徴すれば、被控訴人外山は利息手数料を受取つて岡田名義で預金残高証明書を発行させる目的で被控訴銀行に岡田名義で預金し、他方被控訴銀行は本件預金預入契約の締結に当り、真実の預金者である被控訴人外山と相謀つて預金者でない岡田義人名義の通帳を交付し、且つ岡田義人名義で預金残高証明書を発行することを承諾したのであるから、被控訴銀行としても、預金残高証明書が第三者に対し、岡田義人が被控訴銀行に金五百万円の預金があることを示すために用いられることを知つていたと認めるのを相当とし、且つ被控訴銀行は、後記認定のように、岡田名義で本件の預金がなされたことを電話で回答しているから、あたかも岡田が真実の預金債権者であるかのように虚偽仮装の行為をなしたと同様であると解するのを相当とするからこのような場合には、民法第九十四条第二項の精神に照らし、預金契約の当事者は、右預金の名義人が実体上も預金債権者であると信じた善意の第三者に対しては、真の預金債権者は右預金者であつて、名義人は単に表面上の債権者にすぎないというような内部の隠れた事実をもつて対抗することは許されないものと解するのを相当とする。

よつて、進んで控訴人が善意の第三者に当るかどうかについて検討するのに、証拠を綜合すれば、次の事実と認めることができる。岡田は自己の飲食店の経営に失敗し、上段認定のように控訴人に対する前記貸金債務の弁済もできない状態であつたので、ダム建設工事の現場に食糧品等を納入する事業を始めようとし、そのために自己名義の五百万円程度の銀行預金残高証明書の入手を必要としたわけであるが、もともとことは控訴人の勧めによつたものであつたので、岡田名義で本件預金契約がなされたことの通知を受けた岡田は、右預金契約の当日直ちに控訴人に対して「新橋の一流銀行の預金残高証明書が取れることになつたので、事業の開始ができるよう手続をせられたい。」旨電話で依頼した。ところが控訴人は岡田の依頼による右手続をすることなく、新橋の一流銀行の各支店に電話で問合せた結果、岡田義人名義で被控訴銀行支店に本件の預金がなされていることを知つた上、かねて弁護士事務所に勤務した経験があり執行関係の事務に明るい訴外日野恵正に岡田に対する債権の取立を相談していたので、同人と協議して右同日中に上段認定のように、債権差押並びに転付命令申請書を作成するとともに、当日は退庁時間が迫つていたので、東京地方裁判所執行吏役場に到り、執行吏に面会し明朝受付番号一番で債権差押並びに転付命令の同行送達を依頼する旨申出た。控訴人は東京地方裁判所に上段認定の債権差押及び転付命令を申請した上、同月十七日午前九時三十分頃には控訴人は早くも本件債権差押並びに転付命令正本を受領し、即刻執行吏とともに被控訴銀行新橋支店に急行し右差押及び転付命令の正本を送達したものである。上記認定の諸事実によると、控訴人は岡田には金五百万円という多額の銀行預金をなす資力もなく右預金は岡田に対し控訴人の尽力によつて、他の事業を開始する資格を得るため同人名義の預金残高証明書を入手する便宜のためにのみ、第三者に依頼して名義だけ岡田の氏名を用いて第三者が預金したもので、その預金債権者は第三者で、岡田が真実の預金債権者でないことを知つていたこと、すなわち控訴人の悪意であつたことを推認できるといわなければならない。他に上記認定を動かし控訴人がその主張のように、善意の第三者に当ると認めるに足る証拠はないから、被控訴人等は控訴人に対し、本件預金の実体上の債権者は被控訴人外山であることを主張することができるものといわなければならない。

してみると、本件預金債権が岡田のものであるとしてなされた本件債権差押並びに転付命令によつては、右債権が控訴人に移転する効力を生ずるいわれはないので、被控訴銀行に対し右預金の支払を求める控訴人の本訴請求は相当として排斥を免れない。また、右預金債権が被控訴人外山に属することを争う控訴人に対して、自己が右預金債権を有することの確認を求める被控訴人外山の本件参加請求は理由があるからこれを認容するのを相当とする。

よつて右と同趣旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がない。

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